作品ディスクリプション ―鑑賞と評価と言語化の問題

先週、京都近代美術館でスクーリングが行われ、作品記述と鑑賞教育について学んだ。3日間、講議+見学を繰り返して作品記述を行ったが、「作品をいかに言語化するのか」という事より、鑑賞行為そのものについて気付く事が多かった。 どうも、私の脳の中では鑑賞と言語化が別の所で行われているらしく、作品を目前に言語化を行うことが上手くできなかった。更に…
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「調和」への意志(加守田章二展)

東京ステーションギャラリーの加守田章二展(10月23日まで)を観た。 不勉強で名前は知らなかったのだが、ポスターが良かったし観た人からの推薦もあった。 作風を変える作品群を観て思ったのは、加守田は対照的概念が調和を許される唯一の「点」を目指していたという事だ。 灰柚や土が持つの偶然の色や質感に対し、加守田の意匠との絶妙なる…
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取り込まれてしまった物に…(映画「山中常磐」)

私は、岩佐又兵衛の絵が好きだ。浄瑠璃もエリックサティも好きだ。 映画も嫌いではないのだが、「山中常磐」は観ていて本当に辛くなった。 どうして、あんな映画になってしまったのだろう。 別に芸術分野の純粋性にこだわっている訳ではない。 異分野のコラボレートや、ミックスドメディアの作品も好きな方だと思う。 だが、映画「山中常磐」は…
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救われたのは誰?(文化庁芸術祭「ジゼル」)

文化庁芸術祭オープニング 「ジゼル ―能とバレエによる―」を観た。 バレエのジゼルをもとに平成11年初演された新作能が、一部改訂され、バレエと同じ舞台の上にのぼった。能の上演後にバレエのジゼル2幕目が上演されたのだが、能舞台として区切られた場所の外側はバレエセットと同じ空間だった。が、しかし、その二つは「愛」に対する視点を逆にしていた…
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