Light of snow

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zoom RSS 作品を鑑賞するということ

<<   作成日時 : 2005/11/08 23:22   >>

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最近、ゆっくり展覧会を観ることができない。
平日は働いているので、展覧会へは週末に行くことになるのだが、「モロー」「紫式部日記」「プラート」を1日で観たし、奈良の「正倉院」+「興福寺」で2時間、点数の多い「北斎」も2時間で「光琳」は1時間という始末。
ちょっと、「観なければいけない」という強迫観念になっている。

私の場合、観るコンディションは凄く重要だ。
前にも書いたが、ディスクリプションを目的として言葉を浮かべながら観ると、もう鑑賞にならない。時間を気にするのもダメだし、言葉にしろ時間にしろ、作品を観る際に作品以外の何かが気になってしまうと、私の鑑賞行為は失われてしまう。観る条件を整えなければならないので、実は結構大変なのである。しかし、「鑑賞している」と実感できる時は、自分が作品の中に埋没している様な特別な感覚に陥ることができる。
私はイヤホンガイドを結構聞くのだが、ここで改めて考えてみると、耳栓をしている無音状態も「鑑賞モード」に入る手助けをしているかもしれない。そうだ!今度は耳栓を持って行こう。
ちなみに、イヤホンガイドは、できるだけ絵を観る前の歩行時間に聞く様にしている。遠めで次ぎに観る絵を目標に置ながら歩きながら聞くのである。もちろん、歩く距離の方が短いので、ガイドが終わらない内に次の絵の前に立つことになるのだが、始めはガイドの内容をなぞる様に眺め、その後は無音の中で静かに観る。観ていると、周りがその作品の質感に囲まれた印象になる。目で観ているという感覚だけではなくて、触覚的な質感を感じるのだ。特に肩の辺り。(笑)

作品の鑑賞法は人それぞれで、何がベストだということは無いのだけれど、自分なりのスタイルというのはきっと誰もが持っているはず。私の場合、作品に対する自分の欲求・情動が少しでも抑制されるとダメなので、いかにナマのままでいられるか、にかかっている。
実は、物を作ったりレポートを書いたりする時もやはり同じだったりする。物を描く時に「材料が足りない」なんてなってしまうと、一気にやる気が萎えてしまう。レポートを書く時も「あの資料が足りない」となると、もうダメだ。なので、展覧会の図録は必ず買ってしまう。レポートを書く・書かないに限らず、「あの作品!」なんて思い付いた暁には、掲載されているはずの図録を見ないと気が済まないのだ。「御用のある日」を待って、購入した図録のほとんどは、読まれもせずに部屋の隅に山積みになっている…。

あ〜〜、ゆっくり時間を気にせず展覧会に行きたい。いくら会場に足を運んでも、しっかり鑑賞できなければ、ここで感想を書くこともままならない。

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