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zoom RSS 観能・観劇記で「脱・評価」は、難しい(秋の観能記)

<<   作成日時 : 2005/11/30 00:21   >>

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このブログを始めるきっかけは、能を観て感じた不思議な事を書きとどめておきたいと思ったから。(手違いで3日で削除されてしまったが…)
夏以降、私は素晴らしい能をいくつも拝見する機会を得た。しかし、それらの内一つしかこのページに書き残す事ができていない。
なぜか。それは、私が観能や観劇(文楽)を記す際、「脱・評価」という事を意識しているから。

「演者が素晴らしい芸を見せてくれたら観客は感動する」という方程式がある一方で、すばらしい芸であっても、観る側のコンディションが悪かったり、それを感じる能力が無かったりで感動できない事だってある。逆に芸としては未熟でも、本人の魅力や作品との相性など、感動を得る要素は色々ある。
更に言えば、10月23日に書いた様に「評価をするつもりで観る」だけで、感動は私から遠のいて行ってしまう…
「雪の光」は有るか無いか、ではなく、感じるか感じないか。

しかし、時には自分が何をどうして感じたのか言葉で表現できず、「良かった・素晴らしかった」という言葉しか見つからない事も。そういう時は自分が文章にできないだけで感動しなかった訳ではない。書けないのは私に原因があるのだから、そのまま何も残せずに年が過ぎ行く事は残念でもある。そこで「脱・評価」は一時置き、感動した能について簡単に一言ずつ書き記すことにした。

◇9月18日「松風」
仲秋の名月の日、須磨の松林から上る月の中で拝見した。私の中の「月」「松」というイメージが一変する程、美しい月と松だった。中世の人達も、あの様に松林から上る月を眺めていたのだろうか…。
◇9月19日「通小町」
金剛家の痩男に河内の若女という面の組み合わせ。特に痩男の目は、「泣く」「にらむ」など、その目蓋が動いているかの様にリアルに迫ってきた。しかし、私にとっては、「謡」というものの存在が今迄とは全く違うものとして、強く迫ってくる一曲だった。これ以降、謡に対する感覚が変わったと言って良いかもしれない。そういう機会を与えてくれた舞台だった。
◇9月24日「椿井」(新作)
室町期の古い女面は、通常の舞台には使用できない程に痛んでいるというが、山中の暗い舞台の上では全く違和感が無い。古のアルカイックスマイルの様な微笑みを讃える。前半は厳しく妖しく寒気を感じる程に。剣を扇に持ち替えた後半は優しく穏やかに。
◇11月3日「羽衣」「砧」
「羽衣」は、謡にある美しい景色を楽しめた。「通小町」以来、私の感覚が少しは謡に合ってきたのかもしれない。
「砧」は、観世流だが、太鼓入りで大口。強く大きな、絶対的な絶望。しかし、単純な(感情的な)恨みではない。後の泥顔は、すごく不思議な感覚で言葉にできない。これまで、他に「砧」を観た事が無いのが残念だ。この舞台が、普通とどう違うのかというのが私には分らないのだから。
◇11月19日「鸚鵡小町」「道成寺」
「鸚鵡小町」は、謡のメロディというかイロというか、聞いていてすごく難しい。にも関わらず、地謡とシテの一体感に驚いた。
「道成寺」は、常軌を逸する程の音量と気迫。一番前のほぼ正面で観たため、舞台の気に飲み込まれ、ちょっとしたパニック状態に。終演後も焦りや切迫感が沸き上がり、時間があるにも関わらず新幹線ホームまで走って移動。京都駅地下コインロッカーに荷物を預けたまま新幹線で東京に。(苦笑)
◇11月27日「松尾」
前シテの品格ある尉に対して後シテの松尾の神の若さ…年令が全く感じられず本当に凄い。風にそよぐ松葉の香り(ちょっと青く臭い感じ)が会場に漂っているかの様だった。常磐というのは、単に時間的な「永続する若さ」ではなく、香り立つ瞬間が何度も訪れるかの様な超時間的な感覚なのかもしれない。

果たして、観能・観劇記で「脱・評価」は可能なのだろうか?
評価は、感動の有無を伝える事は可能でも、感動そのものは伝えられない。
たぶん、客体としての鑑賞対象を、自分の主体的次元に取り込まなければ「脱・評価」は果たせなだろう。芸能は対象が生きている存在のため、絵画や彫刻よりも自己に取り込みにくい。しかし、対象を能動的に感じる(=対象を主体に取り込む)ことがなければ「感動」は訪れないのだから、「脱・評価」でなければ感動が何なのかを伝えることにはならないのだろう。それが可能かどうかは別にして…。

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月下酔 黙琴堂 日記  「窯辺日月」
2005/12/23 21:26

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
拙ブログにお越しくださり、
ありがとうございました。

河村定期研能会の模様は、
いつもCSのスカイパーフェクTV!の
京都チャンネルで放送されています。
お知り合いで加入されている方、
いらっしゃいましたらどうぞ。
時間は不定のようですので、
番組表をこまめにチェック
なさってくださいませ。

ブランクーシお好きですか?
私もイサム・ノグチと並んで
とても好きな彫刻家です。
影響も受けています。

トラックバックを受け付けない
設定にされていますか?
付けさせて頂こうとしましたが、
開きませんでしたので。

またお邪魔しに参ります。
これからもどうぞ宜しく
お願い致します。
月下酔 黙琴堂 主人
2005/12/22 01:44
早速、おいで頂きありがとうございました。

放送の情報、どうもありがとうございました。
CSに自分で入るというのも手ですね。(笑)

ブランクーシは好きです。
ですが、実は作品そのものよりもタイトルと作品の関係性が好きなのです。
抽象的形態に具象的(現象的)タイトルという組み合わせは、
茶道具の銘に構造が似ている気がします。
お能もそうですが、完全な抽象ではなく象徴を内包する抽象にすごく惹かれます。
(なので、「無題」という作品は好きではありません)

トラックバックの制限を解除しましたので、ぜひ、宜しくお願いします。
foom**
2005/12/23 02:32

「抽象的形態に具象的(現象的)
タイトルという組み合わせは、
茶道具の銘に構造が
似ている気がします。」

なるほど。目から鱗です。
言葉にもたれたり、ただの
言葉遊びに堕してしまう危険性を
感じ、敬遠しておりましたが、
タイトルも含めて表現が完成
するという、積極的な意味が
たしかに有りますね。示唆に
富んだお話、有難うございます。

ところでトラックバックですが、
当方もBIGLOBEですので同じ
レイアウトかと思いますが、
記事とコメントの間に
トラックバックの欄があるはず
のところ、表示されておりません。
私も仕組みを理解していませんので、
どうしたらよいかわかりませんが…。

ということで、残念ながらまだ
付けさせていただけません。
月下酔 黙琴堂 主人
2005/12/23 12:34
おかげさまでトラックバック
付けさせていただきました。
たびたびすみません。
有難うございました。
月下酔 黙琴堂 主人
2005/12/23 21:31
月下酔黙琴堂 御主人様
何度もお手数をおかけしてすみません。
トラックバック、どうもありがとうございました。
foom**
2005/12/24 02:31
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