無名性は芸術か?(「柳宗悦の民藝と巨匠たち」展)

もう、半月ほど前になるが、京都文化博物館で「柳宗悦の民藝と巨匠たち」展を見た。
観終わった後の、割り切れない感じ、気持の悪さ…は一体何だろうか。
芸術性を伝達する事の難しさを痛感するとともに、芸術性の本質はどこにあるのかを考えてしまった。

展示作品はそれなりに見応えのあるものが多かったが、キャプション解説は当時発表された民藝の出版物からの抜粋のみ。
現時点での作品評価に明るい人には面白いが、 何も知らない人にとっては民藝というフィルターで しか作品を観ることしかできない。もちろん、通常の解説でも完全に客観的ではあり得ないのだが、少なくとも学術的に客観的であろうという意識は、程度の差はあれ感じられる(時には酷い時もあるが)。
ここでの文章は、作品そのものよりも作品に内在する芸術性=「民藝の美的価値観」を伝えるが為の文章であった。今回の場合、作品研究が古いことや作品を巡る環境が変化していることも問題になる。鑑賞者は、注意喚起されていないこれらの諸問題について自ら気付かないと、適正に作品を鑑賞ができないのだ。

民藝運動は、個別の作品だけでなく「無名の芸術性」という新しい美的価値観を普及させた。しかし、一方で、それまで無名だった物に 「無名芸術品」というタグを付ける行為となった。 結果として、それまで何にも属さない本当に自由だったものを 「民藝」というブランドに取り込んでしまったのだ。それは結局、柳が否定した利休後の茶の湯の 「権威による名物作り」と同じではないだろうか。柳やその周りの人物がその芸術性を本当に理解していたとしても、理解(美的価値観)を他人に伝える事は困難な事であり、民藝というタグ(権威)で保証された芸術価値に変容してしまうのだ。

SNSでこの民藝の話題を書いた際、子息である宗理氏の「アノニマス・デザイン」という考え方について教示があった。宗理氏の著作をきちんと読んでいないので説明には不安があるが、簡単には「アノニマス=匿名・作者不明」という意味で、作家や作者を超え年月をかけて洗練され続けたデザイン。
この考え方は、民藝運動とは違って実はすんなり受け入れられる。「民藝」が芸術とした工芸作品の多くは、アノニマス・デザインだ。私は民藝によって選ばれた工芸品(以下民藝作品)の芸術性を否定している訳ではないし、無名性に芸術価値が無いとも思わないのだが、茶道具の名物と民藝作品を比べても、柳の様にはその芸術性に違いを感じないのだ。
一体、柳は何を批判し、何を芸術にしたかったのか…

河井寛次郎の「没作家性」を意識した作品づくりは矛盾に満ちている。ただし、作家個人が行う作品制作(またはコンセプト)においてその矛盾を問うことは無意味だ。矛盾との格闘による芸術か、矛盾を抱えているからこその芸術なのか、はたまた矛盾とは無関係な芸術なのか…その矛盾は個々の作品が生まれる直接的な原因ではあり得ないのだ。しかし、理由のつかない自分の気持悪さは、きっとその矛盾の中にありそうだ。
ということで、ここで少し整理して考えてみたい。

柳も寛次郎(=民藝)も、芸術的価値が無いと思われていた無名の工芸品に芸術性を感じ取った。それは、「無名の工芸品の中に感じた芸術性」である。無名の陶工による作品が持つ芸術性を目指し、自らの作品に名を入れない寛次郎。しかし、実はその行為は逆に無名性を拒否していることになるのだ。
無名というのは、作品に名前を記さないという意味ではない。作品に名前を入れても後世ではその存在が確認できない程の人物であれば、作家は無名であり作品はアノニマス・デザインである。寛次郎が民藝作品の芸術性を自己の作品の中に投影しようとする行為は、アノニマスによって形づくられた芸術性を自己作品に投影するという意味であはっても、結果としてのアノニマス・デザイン=無名作品ではあり得ない。逆に、工芸界の主流から外れて独自の芸術表現を目指すという意味で、作家性が最も強く出ている制作行為だと言える。

では、アノニマスな作品の芸術性とは何か。それは無名性ではない。たぶん、経験によって認識される微細な差異だ。(これは私の私論でしか無いのだが…)
職人は芸術性を意識せずに同じものを作り続ける。しかし、同じものを作り続けるということは完全に同じものを作れない事を自覚することでもあるはずだ。同じものを作り続けるという経験でしか認識されない細部に対して施された工夫…その工夫がアノニマス・デザインと呼べるものではないだろうか。しかし、その工夫はやはり、それぞれの職人の個性によって形作られているのである。後に作家名が残る・残らないという事とは全く関係ない問題として。
例えば、お能などの型も、まさにアノニマス・デザインだと呼べるだろう。しかし、その芸術性は演者という個によってしか現れないし、流儀による違いは、変化を担った人々の個性の結果でもある。今では無名の工芸作家であっても個性は存在するし、その作品が素晴らしければ絶対に個性が現れているのだ。
伝統芸能においては、型がある事で逆に細部の個性が際立つとも言える。無理な自己主張をしなくても個性が決して消えることは無い。個性が消えない事を知っているから 自己主張の必要性が無いのかもしれない。
あるいは、木喰。木喰作品の価値は柳が発見したかの様になっているが、作品があれ程多く残っているということは、少なくとも民衆の中ではその価値は存在していた。(あれだけ諸国を巡っていれば、当時はそれなりに知られてもいたはずだ)木喰は作家性を主張して制作した訳ではないだろうが、没作家性を意識していた訳でもない。作家性や芸術性など自己表現以上に重要な宗教的価値によって作品が作られたというだけだ。
自己表現以上に重要な価値観の中に、作者の自我が吸収されたとでも言うべきか。しかしながら、その中にも作家の個性は内包されている。伝統芸能同様に、個性が消えるという事は絶対に無いのである。

だとするならば、現在の芸術的理解と同様、個性=芸術性と考えても良いという事になる。しかし、自己顕示ではあり得ない。
その個性や芸術性は、時には微細な差異で、誰もが平易に理解できるものでもないのだ。だからこそ、柳は饒舌に語ったのだろうが、そこに混乱が生じたことで、無名性の中に芸術性が存在するかの様な勘違いが生まれた。
民藝運動が語る様に、「無名の工芸品の中にも芸術性は存在する」のである。しかし、全ての物がそうでない事から分かる様に、「工芸の無名性の中に芸術的価値が存在する」のではない。民藝運動は、この部分を大きく間違えている(←私の様な素人が言い切れることではないので、素直に信用しない様に 苦笑)。
たしかに、時代は新しくなりつつあった。それ迄の価値観が激変しようとしていた時代、忘れ去られようとしていた美しい日本の道徳・倫理・宗教的価値観へ名残りを、柳は芸術の中に持ち込んでしまったのかもしれない。いや、柳は『青年の誕生』(木村直恵著 新曜社 1998年)以降の近代の人である。というか、柳そこそが日本に誕生した青年だ。
もはや日本に無くなってしまったものに対する懐古であったかもしれない。